こんにちは。
もりおか社会保険労務士事務所、社会保険労務士の川熊です。
年金の受給開始年齢を考えるとき、「繰上げと繰下げでは、結局何歳まで生きれば得になるのか」が気になる方は多いと思います。
現在の一般的な増減率を前提に、税金などを考慮しない単純な総受給額で比較すると、60歳から繰上げ受給した場合はおおむね80歳10か月、70歳から繰下げ受給した場合はおおむね81歳11か月が一つの損益分岐点になります。
ただし、これは年金の額面だけを積み上げた場合の比較です。
実際には税金や社会保険料、受給開始までの生活費、働いて得られる給与、預貯金の取り崩しなども関係します。
年金は一度受給を開始すると、そのときに決まった増減率が原則として生涯続きます。
そのため、「平均寿命より長く生きそうだから繰下げる」「80歳くらいまでなら繰上げたほうが得」といった損益分岐点だけの判断ではなく、あなたの働き方や預貯金、受給開始までの生活費も含めて考えることが重要です。
この記事では、繰上げ・繰下げ受給の仕組みを確認したうえで、それぞれの損益分岐点を具体的に計算し、年金を何歳から受け取るか判断するときのポイントを社会保険労務士の立場から整理します。
- 繰上げ・繰下げ受給による年金額の増減率
- 繰下げ受給では何歳が損益分岐点になるのか
- 繰上げ受給では何歳が損益分岐点になるのか
- 損益分岐点以外に確認したい受給開始年齢の判断材料

年金損益分岐点の基本と計算方法
年金の損益分岐点を考えるには、まず原則の65歳から通常どおり受給するケースを基準にして、繰上げによって65歳より前に受け取れる金額と、繰下げによって65歳以降に受け取らず待つ金額を比較します。
ここでいう損益分岐点は、あくまで 老齢年金の累計受給額が逆転する時期 です。
税金や住民税、介護保険料、医療保険料、加給年金額などまで含めた実際の手取り額による損益分岐点とは異なります。
この違いを最初に押さえておくと、数字だけに振り回されにくくなります。
繰上げ・繰下げ受給の増減率
老齢基礎年金と老齢厚生年金は原則として65歳から受給しますが、一定の要件を満たせば、65歳より前に受け取る繰上げ受給や、65歳より後に受け取る繰下げ受給を選択できます。
年金の損益分岐点を計算するには、まずこの増減率を正しく理解しておく必要があります。
昭和37年4月2日以降に生まれた方が繰上げ受給を選択する場合は、原則として 1か月繰り上げるごとに0.4% ずつ年金額が減額されます。
たとえば65歳より1年早い64歳から受給すれば4.8%減、3年早い62歳からなら14.4%減、60歳からなら60か月繰り上げるため24%減です。
一方、繰下げ受給は、原則として65歳で受け取らず、66歳以後の希望する時期まで受給開始を遅らせる方法です。
繰り下げた期間については、原則として 1か月につき0.7% ずつ年金額が増額されます。
70歳まで60か月繰り下げれば42%増、75歳まで120か月繰り下げれば84%増となります。
| 受給方法 | 受給開始年齢の例 | 増減率の目安 | 65歳時点を100%とした受給率 |
|---|---|---|---|
| 繰上げ受給 | 60歳 | 24%減額 | 76% |
| 繰上げ受給 | 62歳 | 14.4%減額 | 85.6% |
| 通常受給 | 65歳 | 増減なし | 100% |
| 繰下げ受給 | 66歳 | 8.4%増額 | 108.4% |
| 繰下げ受給 | 70歳 | 42%増額 | 142% |
| 繰下げ受給 | 75歳 | 84%増額 | 184% |
ここで特に重要なのは、 繰上げによる減額率も、繰下げによる増額率も原則として生涯続く という点です。
たとえば60歳で24%減額して受け取り始めた方が65歳になったからといって100%の年金額に戻るわけではありません。
反対に70歳まで繰り下げて42%増額された場合も、その増額率は原則としてその後も続きます。
受給開始年齢は月単位で考える
繰上げと繰下げは「60歳・65歳・70歳」という年単位だけで考える制度ではありません。
実際の増減率は月単位で決まります。
そのため、「65歳まで待つのは難しいが、あと半年なら給与や預貯金で生活できる」という場合には、半年待つだけでも繰上げの減額率を小さくできます。
反対に繰下げも、70歳まで必ず待たなければならないわけではありません。
66歳、67歳、68歳など、あなたの生活状況に合わせて受給開始時期を考えることができます。
老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々に繰り下げる選択肢もあるため、年金額と生活資金のバランスを調整する余地があります。
昭和37年4月1日以前に生まれた方の繰上げ減額率は、原則として1か月あたり0.5%であり、昭和37年4月2日以降生まれの方に適用される0.4%とは異なります。
また、繰下げ受給の上限についても、生年月日や受給権が発生した時期などによって70歳までとなる方がいます。
インターネット上の「60歳なら24%減」「75歳なら84%増」という数字が全員にそのまま当てはまるわけではありません。
繰上げ受給そのもののメリットやデメリット、請求後の注意点については、 年金繰り上げ受給の減額率とデメリットを解説した記事 でも詳しく整理しています。
繰上げ・繰下げの対象年齢や増減率などの制度内容は改正される可能性があります。
正確な情報は公式サイトをご確認ください。
現在の制度については、 日本年金機構「老齢基礎年金の受給要件・支給開始時期・年金額」 でも確認できます。
繰下げ受給の損益分岐点は何歳か

繰下げ受給では、65歳から本来受け取れる年金を受け取らずに待つ代わりに、受給開始後の年金額が増えます。
したがって損益分岐点を考えるときは、 繰下げ期間中に受け取らなかった年金額を、受給開始後に増える年金額によって何年で取り戻せるか を計算します。
たとえば65歳から受け取れる年金額を月10万円と仮定しましょう。
1か月繰り下げると、その10万円を受け取らない代わりに、その後の年金額が0.7%増えます。
10万円を基準に考えれば700円の増額です。
つまり、1か月分の年金を受け取らなかったことによる差を、毎月の増額部分によって少しずつ取り戻していく仕組みです。
計算上は、繰下げた月数を「nか月」とすると、受け取らなかった年金は基準月額のnか月分です。
一方、受給開始後の増額率は0.7%×nか月です。
両者を比較すると、繰下げた月数そのものが約分されるため、一般的な単純計算では繰下げ開始後から損益分岐点までの期間がほぼ一定になります。
繰下げ受給の基本的な損益分岐点
1か月あたり0.7%の増額率を前提とすると、受給開始後に必要な月数は「100%÷0.7%」で約142.9か月です。
142.9か月は約11年11か月です。
そのため、単純な額面比較では、 繰下げ受給を開始してから約11年11か月後 が65歳開始との損益分岐点の目安になります。
66歳開始でも70歳開始でも考え方は同じ
たとえば66歳まで1年間繰り下げると増額率は8.4%です。
65歳からの1年間に受け取らなかった金額を、その後8.4%多くなった年金で取り戻していきます。
一方、70歳まで5年間繰り下げれば増額率は42%ですが、65歳から70歳まで5年分の年金を受け取っていません。
待つ期間が長くなれば増額率も大きくなりますが、その分だけ受け取らなかった年金も増えます。
このため、0.7%という月当たりの増額率が同じという前提では、受給開始後から損益分岐点までの期間はおおむね約11年11か月という関係になります。
| 繰下げ開始年齢 | 増額率の目安 | 損益分岐点の年齢目安 |
|---|---|---|
| 66歳 | 8.4%増 | 約77歳11か月 |
| 67歳 | 16.8%増 | 約78歳11か月 |
| 68歳 | 25.2%増 | 約79歳11か月 |
| 70歳 | 42%増 | 約81歳11か月 |
| 75歳 | 84%増 | 約86歳11か月 |
ただし、この計算はあくまで「基準となる年金額が一定で、税金などを考えず、繰下げによる増額部分だけを比較する」という単純化したものです。
実際の年金では、加給年金額や振替加算、在職老齢年金による支給停止などが関係することがあります。
特に65歳以降も厚生年金に加入して働く方については、在職老齢年金によって支給停止となる部分がある場合、その支給停止相当額がそのまま繰下げ増額の対象になるわけではありません。
給与を得ながら働く予定の方は、単純な「0.7%×月数」だけで実際の受給額を判断しないようにしてください。
したがって、 約11年11か月という数字は、繰下げ受給を考える際の非常に分かりやすい目安ではありますが、あなた自身の実際の手取り額の損益分岐点を保証する数字ではありません。
70歳開始なら約81歳11か月が目安
繰下げ受給の損益分岐点をより具体的に理解するため、65歳から受給する場合と70歳から受給する場合を比較してみましょう。
65歳から70歳までは60か月あります。
一般的な繰下げ増額率は1か月0.7%ですから、70歳から受給を開始すると0.7%×60か月で 42%増額 されます。
ここでは計算を分かりやすくするため、65歳から受給した場合の年金額を年120万円、つまり月10万円だったと仮定します。
これはあくまで計算例であり、実際の年金額は加入期間や標準報酬、国民年金の納付状況などによって異なります。
| 比較項目 | 65歳開始 | 70歳開始 |
|---|---|---|
| 65歳時点の基準年金額 | 年120万円 | 年120万円 |
| 受給開始年齢 | 65歳 | 70歳 |
| 増額率 | なし | 42%増 |
| 受給開始後の年金額 | 年120万円 | 年170.4万円 |
| 65歳から70歳までの受給額 | 約600万円 | 0円 |
| 70歳以降の年間差額 | 基準 | 約50.4万円多い |
65歳から受給した人は、70歳になるまでの5年間で単純計算すると約600万円を受け取っています。
一方、70歳まで繰り下げた人は、この期間の老齢年金を受け取っていないため、70歳時点では累計額で約600万円の差があります。
しかし70歳以降は、65歳開始の人が年120万円なのに対して、70歳開始の人は42%増の年170.4万円です。
毎年の差は約50.4万円となります。
600万円の差を何年で取り戻すか
70歳時点で生じている約600万円の差を、年間約50.4万円の増額部分で取り戻すと考えると、「600万円÷50.4万円=約11.90年」となります。
11.90年は、おおむね11年11か月です。
したがって、 70歳から約11年11か月後となる81歳11か月頃 が、65歳開始と70歳開始の累計受給額が並ぶ損益分岐点の一つの目安になります。
65歳開始と70歳開始を単純な額面総額だけで比べた場合、81歳11か月頃より前では65歳開始の累計受給額が多く、81歳11か月頃を超えて年金を受給し続けると70歳開始の累計額が多くなるという関係になります。
この仕組みを見ると、「82歳以上生きると思うなら70歳まで繰り下げればよい」と考えたくなるかもしれません。
ただ、実際にはそこまで単純ではありません。
65歳から70歳までの5年間に600万円相当の年金を受け取らずに生活するためには、それに代わる給与や預貯金などが必要です。
仮にその5年間に預貯金を大きく取り崩し、70歳時点で手元資金が少なくなっていれば、年金額が増えていても家計全体では安心とは言い切れません。
また、加給年金額は繰下げによる増額の対象にならず、繰下げ待機中に受け取れない期間が生じることがあります。
在職老齢年金との関係なども含め、実際のケースでは「年120万円がそのまま42%増える」という単純計算にならない場合があります。
75歳まで繰り下げた場合も基本的な計算構造は同じです。
受給開始後から約11年11か月が目安となるため、単純計算では86歳11か月頃が一つの損益分岐点になります。
ただし、繰下げ期間が長いほど、その期間を年金なしで生活するための資金も大きくなります。
ここで示した81歳11か月や86歳11か月という年齢は、税金、社会保険料、加給年金額、振替加算、在職老齢年金、実際の年金改定などを反映していない一般的な目安です。
「この年齢を超えれば必ず得になる」という保証ではありません。
繰上げ受給の損益分岐点は何歳か

繰上げ受給では、繰下げ受給とは反対の現象が起こります。
65歳より前から年金を受け取れるため、65歳に到達した時点では繰上げを選んだ人のほうが累計受給額は多くなっています。
しかし、その後も減額された年金額が原則として生涯続くため、65歳から通常受給した人が少しずつ追いついていきます。
昭和37年4月2日以降に生まれた方については、原則として1か月繰り上げるごとに0.4%減額されます。
たとえば60歳から受給する場合は60か月の繰上げですから、減額率は24%です。
65歳から受け取る年金を100とすると、60歳から受け取る年金は76という関係になります。
一方で、繰上げをした方は60歳から65歳までの5年間にも年金を受け取っています。
これが繰上げ受給の大きなメリットです。
65歳開始の方はその5年間の年金が0円ですが、繰上げをした方は減額されているとはいえ、毎月継続的な収入があります。
繰上げ受給の損益分岐点は、「65歳より前に先に受け取った年金額」を、「65歳以降に毎月少なくなる年金額」が何年で上回るのかを考えると理解しやすくなります。
0.4%減額の場合は約20年10か月
繰上げた月数をnか月とすると、増減の関係は単純化できます。
繰上げによって早く受け取る期間はnか月で、毎月の年金額は「1-0.004n」という割合になります。
その後、65歳開始との差は毎月0.004n分です。
この関係を整理すると、昭和37年4月2日以降生まれの方に適用される1か月0.4%という減額率では、受給開始から累計受給額が逆転するまでがおおむね 250か月、つまり20年10か月 となります。
そのため、60歳から受給すれば約80歳10か月、61歳からなら約81歳10か月、62歳からなら約82歳10か月というように、受給開始時期から約20年10か月後が一つの目安になります。
| 繰上げ開始年齢 | 減額率の目安 | 損益分岐点の年齢目安 |
|---|---|---|
| 60歳 | 24%減 | 約80歳10か月 |
| 61歳 | 19.2%減 | 約81歳10か月 |
| 62歳 | 14.4%減 | 約82歳10か月 |
| 63歳 | 9.6%減 | 約83歳10か月 |
| 64歳 | 4.8%減 | 約84歳10か月 |
ここで注意したいのは、「80歳10か月より前に亡くなるなら繰上げればよい」と単純には言えないことです。
繰上げ請求は原則として取り消すことができず、国民年金の任意加入や障害年金など、ほかの制度との関係にも影響する場合があります。
また、昭和37年4月1日以前に生まれた方は原則として1か月0.5%の減額率が適用されるため、ここで説明している20年10か月という損益分岐点には当てはまりません。
繰上げの損益分岐点は、生年月日によって適用される減額率が異なる点を必ず確認してください。
また、一度繰上げ請求をすると原則として取り消せないため、損益分岐点の計算だけで請求を決めるのはおすすめできません。
繰上げを検討するときは、「何歳まで生きれば得か」に加えて、「現在、本当に年金収入が必要なのか」「あと1年働けば減額率を小さくできないか」「任意加入で年金額を増やす余地はないか」といった点も一緒に確認するのが実務的です。
60歳開始なら約80歳10か月が目安
繰上げ受給で最も分かりやすい例が、60歳から受給した場合です。
昭和37年4月2日以降に生まれた方が60歳から受給すると、65歳より60か月早く受け取ることになるため、減額率は0.4%×60か月で24%です。
ここでも、65歳から受け取る場合の年金額が年120万円だったと仮定して計算してみます。
65歳から通常どおり受給する人は年120万円ですが、60歳から繰り上げた人は24%減額されるため、単純計算で年91.2万円となります。
| 比較項目 | 60歳繰上げ | 65歳開始 |
|---|---|---|
| 受給開始年齢 | 60歳 | 65歳 |
| 減額率 | 24%減 | なし |
| 年金額の例 | 年91.2万円 | 年120万円 |
| 60歳から65歳までの受給額 | 約456万円 | 0円 |
| 65歳以降の年間差額 | 28.8万円少ない | 基準額 |
60歳から65歳までの5年間で、繰上げ受給をした人は91.2万円×5年で約456万円を先に受け取ります。
この時点では、65歳から受給する人の累計受給額は0円ですから、繰上げをした人が456万円先行しています。
ところが65歳以降は状況が変わります。
65歳開始の人は毎年120万円を受け取るのに対して、60歳繰上げの人は年91.2万円です。
年間では28.8万円ずつ65歳開始の人が差を縮めていきます。
65歳以降は約15年10か月で追いつく
65歳時点の差である456万円を、年間差額28.8万円で割ると約15.83年です。
つまり65歳から約15年10か月で累計受給額がほぼ並びます。
60歳から数えれば約20年10か月ですから、 60歳から繰上げ受給した場合の損益分岐点は、おおむね80歳10か月頃 が一つの目安となります。
単純な累計受給額だけで比較すると、80歳10か月頃までは60歳繰上げの累計額が多く、その後は65歳から通常受給した場合の累計額が多くなっていく という関係です。
ただし、60歳から65歳までに受け取る456万円には別の意味もあります。
退職して給与がなくなった方にとっては、毎月7万円台の年金収入があることで、預貯金の取り崩しを抑えられるかもしれません。
たとえば60歳時点の預貯金が1,000万円で、毎年200万円ずつ取り崩す必要がある人と、給与収入が十分あり預貯金を使わずに生活できる人とでは、同じ損益分岐点でも繰上げ受給の意味は大きく違います。
また、繰上げ請求後は原則として取り消すことができません。
国民年金へ任意加入して年金額を増やしたい場合や、障害基礎年金などとの関係で不利益が生じる場合もあるため、単に「80歳10か月までなら得」という理解だけで手続きを進めるのは避けたいところです。
60歳からの繰上げ受給は、65歳までの生活資金を確保できる大きなメリットがある一方、24%の減額が原則として生涯続く選択です。
「60歳か65歳か」の二択にせず、61歳、62歳、63歳まで待つケースも含めて比較してください。
実際には、再雇用が何歳まで続くのか、退職金をどの程度取り崩すのか、配偶者の収入があるのかといった事情も重要です。
損益分岐点は受給時期を考えるための入口として使い、その後に家計全体へ落とし込んで判断することが大切です。
年金損益分岐点だけで決めない考え方
ここまでの計算を見ると、「自分が損益分岐点より長生きすると思えば繰下げ、そこまで生きないと思えば繰上げ」と考えたくなるかもしれません。
しかし、実際の受給開始年齢はそれほど単純には決められません。
年金は老後の生活を支える継続的な収入でもあるため、生涯の総受給額だけではなく、いつ生活費が必要なのか、ほかにどの程度の資産や収入があるのか、将来どの程度の固定収入を確保したいのかまで考える必要があります。
年金は何歳からもらうのが得なのか
「結局、年金は何歳からもらうのが一番得ですか」という疑問は、年金の受給開始を考える方にとって当然出てくるものです。
しかし、社会保険労務士の立場から見ると、総受給額だけを使って全員に共通する答えを出すことはできません。
総受給額だけに絞れば、この記事で説明したように損益分岐点を計算できます。
60歳繰上げと65歳開始なら約80歳10か月、65歳開始と70歳繰下げなら約81歳11か月というように数字で比較できます。
ところが実際の老後生活では、 全員に共通する最も得な受給開始年齢はありません。
年金は単なる投資商品ではなく、生活費を継続的に確保するための社会保障でもあるからです。
早く受け取ることにも経済的な価値がある
たとえば60歳で退職し、給与収入がほぼなくなる方を考えてみましょう。
生活費が毎月25万円、ほかの収入が月10万円であれば、毎月15万円を預貯金から取り崩す必要があります。
この状態で65歳まで5年間待てば、単純計算でも900万円程度の資金を取り崩す可能性があります。
繰上げ受給によって毎月一定額の年金収入を得られれば、生涯の年金総額が少なくなる一方で、60代前半の預貯金を守れる可能性があります。
反対に、65歳以降も会社員として働き、給与だけで十分生活できる方の場合、年金を急いで受け取る必要性は低くなります。
給与や退職金、預貯金に十分な余裕があれば、繰下げによって将来の年金額を増やす選択肢を検討しやすくなります。
受給開始年齢を考えるときは、「何歳まで生きれば総額で得か」だけではなく、 60代から70代前半の生活費を何で賄うのか を先に確認してください。
また、繰上げか繰下げかという二択で考える必要もありません。
65歳から受給する原則的な方法もありますし、67歳まで2年間だけ繰り下げる、老齢基礎年金と老齢厚生年金の受給時期を分けて検討するといった方法も考えられます。
年金相談では、「一番得な年齢」を探すよりも、まず60歳から75歳くらいまでの収入と支出を並べてみるほうが判断しやすいことがあります。
必要な生活費が分かれば、その不足額を給与、預貯金、年金のどれで埋めるのかを考えられるからです。
老後の生活では、最終的な総額だけでなく、必要な時期に必要な生活資金を確保できることにも大きな価値があります。
年金を受け取れる基本的な年齢や繰上げ・繰下げの選択肢については、 年金は何歳からもらえるのかを解説した記事 でも整理しています。
平均寿命と繰下げ受給の考え方

繰下げ受給を検討するときに、「日本人の平均寿命は80歳を超えているのだから、70歳まで繰り下げたほうが得なのでは」と考える方もいると思います。
平均寿命と損益分岐点を比べること自体は一つの参考になりますが、数字の意味を正しく理解しておく必要があります。
まず、一般にニュースなどでよく使われる「平均寿命」は、0歳時点の平均余命を意味します。
つまり、その年に生まれた人が平均してあと何年生きるかという指標です。
年金の受給開始を検討する人はすでに60歳や65歳まで生存していますから、判断材料としては、出生時の平均寿命よりも 現在の年齢における平均余命 を見るほうが考え方として適しています。
平均寿命と自分の寿命は別のもの
もう一つ重要なのは、平均余命もあくまで統計上の平均だということです。
たとえば65歳時点の平均余命が一定の年数あったとしても、それはあなた自身がその年齢まで必ず生きることを意味しません。
健康状態、家族歴、生活習慣などによって実際の寿命は異なりますし、そもそも将来何歳まで生きるかを正確に予測することはできません。
そのため、「平均寿命が損益分岐点より長いから繰下げが正解」という判断はできないわけです。
最新の生命表や年齢別の平均余命については、厚生労働省が公表しています。
統計を参考にする場合は、 厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表の概況」 のような一次資料を確認するとよいでしょう。
平均寿命だけを見るのではなく、年金の受給開始を検討している現在の年齢からの「平均余命」を見ると、老後期間を考えやすくなります。
ただし、平均余命もあなた自身の寿命を予測する数字ではなく、あくまで統計上の参考値です。
繰下げ受給には、単純な損得とは別の意味もあります。
受給開始後の年金額が増えるため、80代や90代になって預貯金が減ってきたときにも、毎年の年金収入を比較的厚く確保できるという点です。
つまり繰下げは、「何歳で元を取れるか」という投資的な視点だけではなく、 長生きした場合の生活資金不足に備える方法 として考えることもできます。
一方で、繰下げ期間中はその年金を受け取れません。
65歳から70歳までの5年間を生活するために預貯金を大きく減らした結果、医療費や住宅修繕、介護などに使える現金が少なくなるのであれば、必ずしも安心できる選択とはいえません。
平均寿命や平均余命は受給開始を考える一つの材料ですが、それだけで受給開始年齢を決めるのではなく、健康状態、働き方、家族構成、手元資金などと組み合わせて考えるのが現実的です。
税金や社会保険料も考慮する
年金の損益分岐点を調べるときに、特に見落としやすいのが税金や社会保険料です。
ここまで紹介した80歳10か月や81歳11か月という損益分岐点は、基本的に 税金などを差し引く前の年金額を単純に累計した場合 の目安です。
しかし、実際に生活費として使えるのは額面上の年金額ではなく、税金や保険料などを差し引いた後の手取り額です。
老齢年金には税金の計算が関係する場合があり、所得状況などによっては住民税も発生します。
さらに、年齢や加入する制度などによって介護保険料、国民健康保険料、後期高齢者医療保険料などが関係します。
これらの負担は年金額だけで一律に決まるわけではなく、前年所得、世帯状況、自治体などによっても変わります。
42%増額しても手取りが42%増えるとは限らない
たとえば70歳まで繰り下げて年金額が42%増えたとします。
額面だけを見ると非常に大きな増額ですが、年金収入そのものが増えることで所得税や住民税、社会保険料の負担も増える場合があります。
そのため、銀行口座へ実際に入る金額が42%そのまま増えるとは限りません。
額面ベースでは81歳11か月頃に65歳開始の累計額を追い越したとしても、手取りベースで比較すれば損益分岐点が前後する可能性があります。
年金の損益分岐点は、額面と手取りを分けて考えてください。
税金や社会保険料は、年金以外の所得、扶養状況、居住する自治体、年齢、加入する医療保険などによって変わります。
そのため、「手取りベースの損益分岐点は全員○歳」と一律に示すことはできません。
もう一つ考えたいのが、65歳以降も会社員として働く場合です。
厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受給する方については、給与や賞与と年金額の組み合わせによって在職老齢年金が関係し、老齢厚生年金の一部または全部が支給停止になる場合があります。
繰下げ待機中に在職老齢年金による支給停止の対象となる場合も、支給停止される部分について単純に繰下げ増額されるわけではありません。
このため、65歳以降も高い給与を得ながら働く方では、年金だけを見たシミュレーションと実際の結果がずれる場合があります。
さらに、加給年金額や振替加算など、繰下げ増額の対象にならない部分もあります。
配偶者の年齢などによって加給年金額を受け取れる可能性がある方は、繰下げ期間中に受け取れない金額まで考慮する必要があります。
したがって、特に65歳以降も働く予定の方は、「65歳受給と70歳繰下げではどちらの年金総額が多いか」だけではなく、 給与、年金、税金、社会保険料を合わせた家計全体の手取り収入 で比べることをおすすめします。
年金の額面と手取りの違いを詳しく確認したい場合は、 年金の手取りと天引き項目を解説した記事 も参考にしてください。
生活費と手元資金から受給時期を考える

私が年金の受給開始時期を考えるうえで特に重要だと考えているのが、生活費と手元資金のバランスです。
損益分岐点は「最終的に累計でどちらが多くなるか」を示す数字ですが、老後生活では、その途中で資金が不足しないことも同じくらい重要です。
たとえば65歳から70歳まで繰り下げる場合、その5年間は本来受け取れる老齢年金を受け取らずに生活することになります。
65歳から受け取れる年金が年間180万円なら、単純計算で5年間に900万円分の年金を受け取らず待つことになります。
その間を十分な給与収入で生活できるのであれば、大きな問題にならないかもしれません。
しかし退職後で給与がなく、毎年180万円を預貯金から追加で取り崩す必要があるのであれば、70歳時点の金融資産は65歳開始の場合より大幅に少なくなる可能性があります。
受給開始前に確認したい項目
- 毎月の基本的な生活費はいくらか
- 何歳まで給与収入が見込めるか
- 退職金や預貯金はいくら残るか
- 住宅ローンや家賃がいつまで続くか
- 配偶者の収入や年金はいくらあるか
- 医療や介護などの予備資金を確保できるか
特に見落としたくないのが、通常の生活費以外の臨時支出です。
住宅を所有していれば修繕費が必要になることがありますし、自動車の買い替え、医療費、家電の買い替え、家族への支援など、老後にもまとまった支出が発生することがあります。
繰下げによって70歳以降の年金額を増やしても、65歳から69歳までの間に手元資金を使い切ってしまっては家計が不安定になります。
年金額を最大化することと、手元流動性を確保することは別の問題です。
年ごとの収支を並べて比較する
受給時期を検討するときは、65歳以降の各年について「給与収入」「年金収入」「その他収入」「生活費」「社会保険料など」「預貯金残高」を簡単に表にしてみると判断しやすくなります。
| 確認する項目 | 65歳開始 | 70歳繰下げ |
|---|---|---|
| 65~69歳の年金収入 | あり | 原則なし |
| 預貯金の取り崩し | 抑えやすい | 増える可能性 |
| 70歳以降の年金額 | 基準額 | 原則42%増 |
| 長生きした場合 | 基準 | 毎年の年金を厚くしやすい |
| 65~69歳の資金余力 | 比較的確保しやすい | 別の収入・資産が必要 |
このように比較すると、「70歳から年金が増える」というメリットだけではなく、「65歳から69歳をどう生活するか」という問題が見えるようになります。
また、「65歳開始」と「70歳開始」の二つだけを比べる必要はありません。
67歳から受給する、68歳まで待つ、老齢基礎年金と老齢厚生年金について別々に検討するといった中間的な選択肢も考えられます。
年金見込額を具体的に比較したい場合は、 年金シミュレーションの方法と公的ツールの使い方 も参考にしてください。
年金は、生涯の総受給額を最大化することだけが目的ではありません。
毎月の生活を安定させながら、長生きした場合にも資金が不足しにくい形を作ること が重要です。
私は、損益分岐点を確認した後に「その受給方法で65歳から90歳まで家計が持つか」という視点でもう一度考えることが大切だと思います。
年金額だけではなく、預貯金残高の推移まで確認すると、あなたに合った受給時期が見えやすくなります。
年金損益分岐点を目安に総合判断する
年金の繰上げ・繰下げ受給には、それぞれ比較的分かりやすい損益分岐点があります。
昭和37年4月2日以降生まれの方について現在の一般的な増減率を使って単純比較すると、60歳から繰上げ受給した場合はおおむね80歳10か月頃、70歳から繰下げ受給した場合はおおむね81歳11か月頃が一つの目安です。
| 受給方法 | 比較する受給開始年齢 | 損益分岐点の目安 | 考え方 |
|---|---|---|---|
| 繰上げ受給 | 60歳と65歳 | 約80歳10か月 | 早く受け取る代わりに生涯減額 |
| 通常受給 | 65歳 | 比較の基準 | 原則の受給開始年齢 |
| 繰下げ受給 | 65歳と70歳 | 約81歳11か月 | 受給を待つ代わりに生涯増額 |
ただし、これらの年齢は「何歳まで生きれば必ず得をする」という絶対的な境界線ではありません。
あくまで一定の増減率を使い、税金や社会保険料などを考えずに年金の額面だけを累計したシミュレーションです。
実際の受給額は、あなたの年金記録、受給する年金の種類、生年月日、受給開始時期、今後の働き方などによって変わります。
さらに税金や社会保険料まで含めれば、実際の手取り額による損益分岐点も変わります。
損益分岐点を見るときの確認順序
受給開始年齢を決めるときは、次のような順番で確認すると整理しやすいです。
- 自分が65歳から受け取れる年金見込額を確認する
- 繰上げ・繰下げをした場合の年金額を比較する
- 額面上の損益分岐点を確認する
- 65歳前後の給与収入と生活費を確認する
- 預貯金や退職金の残高推移を確認する
- 税金や社会保険料を含む手取りを考える
- 配偶者の年金や加給年金など個別事情を確認する
そして何より重要なのは、老後生活では いつお金を受け取れるかにも価値がある という点です。
60代で生活資金が必要な方にとっては、将来の総受給額が多少少なくなっても早く受け取ることに意味がある場合があります。
預貯金の大幅な取り崩しを避けられるのであれば、それも繰上げ受給の一つの価値です。
反対に、十分な給与や金融資産があり、65歳以降も年金を生活費として使う必要がない方であれば、繰下げによって80代以降の固定収入を増やすことに意味がある場合があります。
また、65歳受給という選択も忘れてはいけません。
繰上げと繰下げのどちらかを必ず選ばなければならないわけではなく、原則どおり65歳から受け取ることで、早期受給による生涯減額も、長期間の繰下げ待機による資金負担も避けられます。
年金損益分岐点は「答え」ではなく、受給開始年齢を考えるための判断材料の一つです。
何歳から受け取るかは、年金総額、毎月の生活費、働く期間、預貯金、家族の収入、健康状態などを合わせて考えてください。
この記事で示した損益分岐点や年金額は、制度を理解するための一般的な目安です。
生年月日や個別の年金記録、加給年金、振替加算、在職老齢年金、他の年金の受給状況などによって計算結果が異なる場合があります。
正確な情報は公式サイトをご確認ください。
繰上げ受給のように請求後に原則として取り消せない選択もあるため、最終的な判断は専門家にご相談ください。
年金損益分岐点は、受給開始年齢を決めるための重要な材料の一つですが、それだけで答えが決まるものではありません。
「何歳まで生きれば得か」という視点は分かりやすい反面、将来の寿命は誰にも分かりません。
だからこそ、予測できない寿命だけに判断を委ねるのではなく、現在分かっている自分の年金額、給与、生活費、預貯金などを使って比較することが大切です。
あなた自身の年金見込額を確認したうえで、働く期間、預貯金、毎月の生活費、家族の収入、税金や社会保険料まで含めて複数の受給パターンを比較し、自分の老後設計に合った受給開始時期を考えていきましょう。