こんにちは。
もりおか社会保険労務士事務所、社会保険労務士の川熊です。
けんかや一方的な暴行でけがをした場合でも、それだけを理由に健康保険が一律に使えなくなるわけではありません。
業務外のけがで、健康保険の給付制限に該当しなければ、健康保険を使って治療を受けられるのが基本です。
ただし、けんかによるけがは通常の転倒やスポーツ中のけがとは少し扱いが違います。
相手がいる場合には第三者行為として届出が必要になり、さらに本人がけんかにどのように関わったのかによって、健康保険法上の給付制限が問題になることがあります。
特に注意したいのが、一方的に殴られたケースと、双方が手を出したケース、自分から相手を殴りに行ったケースを同じように考えないことです。
また、健康保険を使った後に加害者と示談すると、保険者による治療費の求償にも影響する可能性があります。
この記事では、けんかによるけがで健康保険を使えるケース、第三者行為による傷病届、給付制限、加害者への求償、示談前に確認しておきたいことまで、実務上の順番に沿って整理します。
- けんかのけがで健康保険を使えるケース
- 健康保険法116条と117条の給付制限の違い
- 第三者行為による傷病届が必要になる理由と手続き
- 加害者への求償と示談前に確認すべきポイント

健康保険は第三者行為のけんかでも使える?
けんかによるけがを考えるときは、まず「第三者行為だから健康保険が使えない」と考えないことが重要です。
第三者行為であることと、健康保険の給付を制限するかどうかは別の問題です。
誰がどのようにけがをさせたのか、本人がけんかにどの程度関与したのかを分けて整理すると分かりやすくなります。
けんかのけがでも健康保険は使える
交通事故やけんかなど、他人の行為によってけがをした場合を、健康保険では一般に 第三者行為による傷病 として扱います。
第三者行為という言葉を見ると、「相手がいるけがでは健康保険を使えないのではないか」と思われる方もいるかもしれません。
しかし、 第三者の行為によるけがであることだけを理由として、健康保険が使えなくなるわけではありません。
典型的なのは、飲食店や路上などで突然殴られ、一方的にけがをしたケースです。
仕事中や通勤途中の出来事ではなく、健康保険の給付制限にも該当しないのであれば、健康保険を使って治療を受けることができます。
ただし、本来、第三者の行為によって発生した治療費について損害賠償責任を負う人がいる場合、その負担関係を健康保険側でも整理しなければなりません。
そのため、健康保険を利用した後には 第三者行為による傷病届 を保険者へ提出することになります。
第三者行為と給付制限は分けて考えます。
- 第三者行為の問題:誰かの行為によってけがをしたため、届出や求償が必要になる
- 給付制限の問題:本人自身の行為によって、健康保険給付を制限する事情がないか確認する
病院で「けんかの場合は健康保険を使えません」と説明された場合も、その説明だけで自己判断して全額を自費診療にするのではなく、まず加入している協会けんぽや健康保険組合へ事情を伝えて確認することをおすすめします。
なお、仕事中や通勤途中に発生したけがであれば、健康保険ではなく労災保険の対象となる可能性があります。
発生場所だけではなく、けんかが仕事や通勤とどのような関係にあったのかを確認する必要があります。
故意の犯罪行為は給付制限の対象

けんかの健康保険で特に重要なのが、 健康保険法第116条 です。
同条では、被保険者などが自己の故意の犯罪行為によって、または故意に給付事由を生じさせた場合には、その給付事由に係る保険給付を行わないと定めています。
ここで重要なのは、「行わない」と規定されている点です。
後で説明する健康保険法第117条とは法律上の書き方が異なります。
自分から相手を殴りに行き、その行為によって自分自身も負傷したようなケースでは、健康保険法116条の給付制限が問題になる可能性があります。
ただし、実際のけんかでは事実関係が単純とは限りません。
どちらが先に手を出したのか、相手から攻撃を受けた後の行為だったのか、本人の負傷がどの行為から生じたのかなどを確認する必要があります。
そのため、「先に手を出したと聞いたから健康保険は絶対に使えない」「警察沙汰になったから全部自費になる」といった判断を会社や医療機関だけで決めるのは適切ではありません。
給付制限に該当するかは、具体的な事実関係を踏まえて保険者が判断します。
実務でも、けんかという言葉だけで結論を出すのではなく、発生日時、場所、当事者の関係、誰が最初にどのような行為をしたのか、警察への届出状況などを整理することが重要です。
健康保険法116条の条文は、 e-Gov法令検索の健康保険法 で確認できます。
けんかは給付が制限されることがある
健康保険法第117条では、被保険者が 闘争、泥酔または著しい不行跡 によって給付事由を生じさせた場合について、保険給付の全部または一部を行わないことができると定めています。
けんかについて直接関係するのが、この「闘争」です。
116条との違いは非常に重要です。
116条が「保険給付は行わない」としているのに対し、117条は 「全部又は一部を行わないことができる」 という規定になっています。
| 規定 | 主な内容 | 法律上の扱い |
|---|---|---|
| 健康保険法116条 | 故意の犯罪行為、故意に給付事由を発生 | 保険給付を行わない |
| 健康保険法117条 | 闘争、泥酔、著しい不行跡 | 全部または一部を行わないことができる |
したがって、 双方が手を出したけんかだからといって、自動的に健康保険がすべて不支給になるわけではありません。
どの程度けんかに関与したのかなど、具体的な事情を踏まえて保険者が判断することになります。
飲酒が絡んでいる場合も同様です。
単に酒を飲んでいたというだけで直ちに給付制限になるわけではありませんが、泥酔によって給付事由を生じさせたと判断されれば、117条が問題になります。
また、けんかによる負傷で仕事を休み、傷病手当金を申請する場合にも給付制限との関係を確認する必要があります。
健康保険の現金給付の全体像については、 健康保険の給付金一覧と支給条件 でも整理しています。
一方的な暴行と双方のけんかの違い

健康保険の取扱いを考えるうえでは、「けんかだった」という一言だけでは情報が足りません。
特に、一方的な暴行を受けたケースと、双方が積極的に手を出したケースでは考え方が異なります。
| ケース | 健康保険上の主な確認点 |
|---|---|
| 一方的に殴られた | 典型的な第三者行為として傷病届と求償を確認 |
| 双方が手を出した | 第三者行為に加え、法117条の闘争による給付制限を確認 |
| 自分から殴りかかった | 法116条の故意の犯罪行為などに該当しないか確認 |
| 酒に酔った状態でけんか | 闘争に加えて法117条の泥酔との関係も確認 |
| 仕事中・通勤途中 | 健康保険より先に労災保険の対象か確認 |
たとえば、一方的に殴られてけがをした人については、本人自身が故意にけがを生じさせたわけではありません。
この場合は第三者行為として健康保険を使い、その後に保険者が加害者への求償を検討するのが基本的な流れです。
一方、双方がけんかに参加している場合には、単にどちらのけがが重かったかだけで判断することはできません。
誰が先に手を出したのか、その後どのような行為があったのかなども確認材料になります。
警察に被害届を提出している場合には、その事実や受理番号などを控えておくと事実関係を整理しやすくなります。
けんかには交通事故証明書のような共通の事故証明書がないため、受傷直後から日時、場所、経緯、目撃者などを記録しておくことも実務上有効です。
なお、仕事中や通勤途中の第三者行為については制度が異なります。
健康保険の第三者行為による傷病届ではなく、労災保険の手続きが必要になる可能性があります。
詳しくは 労災の第三者行為における届出・求償・示談のポイント をご確認ください。
ただし、勤務先で発生したけんかであっても、仕事とは関係のない私的な恨みなどによる場合には、必ず労災になるとは限りません。
業務との関係を含めて個別に確認する必要があります。
夫婦げんかや加害者不明の場合
第三者行為というと、見知らぬ人や交通事故の相手をイメージしやすいですが、夫婦や家族の間で起きたけがでも第三者行為の問題が生じることがあります。
たとえば、配偶者から暴行を受けて負傷した場合、けがをさせたのが家族だからという理由だけで、第三者行為ではないと自己判断するのは避けたほうがよいでしょう。
ただし、夫婦や親族など同一世帯・扶養関係にある人への求償については、保険者によって事実関係の確認方法や実際の取扱いが異なる場合があります。
特定の健康保険組合の運用を、すべての健康保険に共通するルールとして考えないことが重要です。
夫婦げんかや家族間の暴力については、誰からけがをさせられたのか、現在の生活関係、加害者との関係などを保険者へ伝えたうえで、必要な届出について確認してください。
また、加害者が分からない場合でも、第三者行為の届出が不要になるとは限りません。
健康保険法施行規則第65条では、第三者の氏名や住所などが明らかでないときには、その旨を記載することが予定されています。
つまり、通り魔的な暴行を受けたものの加害者が逃走している場合や、相手の氏名・住所を確認できていない場合でも、第三者によるけがであること自体は保険者へ届け出ます。
加害者が不明であれば実際の求償は難しくなりますが、 求償できるかどうかと、第三者行為を届け出る必要があるかどうかは別の問題 として整理してください。
健康保険で第三者行為のけんかを届け出る方法
けんかのけがで健康保険を利用するときは、治療を受けるだけで手続きが終わるわけではありません。
加入している保険者へ第三者行為であることを伝え、必要な書類を提出します。
特に重要なのは、加害者との示談を先に進めないことです。
第三者行為による傷病届は提出が必要
第三者の行為によるけがについて健康保険で治療を受けた場合には、 第三者行為による傷病届 を保険者へ提出します。
これは交通事故だけの書類ではありません。
協会けんぽでも、交通事故だけでなく、けんかなど第三者の行為による負傷について第三者行為による傷病届の提出を案内しています。
健康保険法施行規則第65条でも、療養の給付などの事由が第三者の行為によって生じた場合には、被保険者が遅滞なく必要事項を記載した届書を保険者へ提出することとされています。
協会けんぽの場合、状況に応じて主に次の書類を確認します。
- 第三者行為による傷病届
- 事故発生状況報告書
- 同意書
- その他、保険者から求められる確認書類
交通事故では交通事故証明書などが必要になりますが、けんかの場合には交通事故証明書はありません。
そのため、 事故発生状況報告書などで、けんかに至った経緯を具体的に説明することが重要 になります。
実務では、次のような事項をできるだけ早い段階で整理しておくと手続きがスムーズです。
- けんかが発生した日時と場所
- 相手方の氏名・住所・連絡先
- どちらが先にどのような行為をしたのか
- けがをした経緯と受診した医療機関
- 目撃者の有無
- 警察へ届け出たかどうか
- 加害者からすでに金銭を受け取っていないか
第三者行為による傷病届をすぐに準備できない場合でも、まず加入している保険者へ電話などで事情を伝え、必要書類と提出方法を確認しておくとよいでしょう。
協会けんぽに加入している場合の具体的な様式は、 全国健康保険協会の第三者行為による傷病届 で確認できます。
健康保険組合に加入している場合には、その健康保険組合の様式を使用してください。
交通事故の場合の必要書類や事故発生状況報告書、示談までの流れについては、 交通事故で健康保険を使う場合の第三者行為による傷病届 で詳しく解説しています。
届出しないとどうなるのか

第三者行為による傷病届は、単なる任意のアンケートではありません。
第三者の行為による傷病について健康保険を利用する場合、保険者が事実関係や加害者への求償を確認するために必要な手続きです。
届出をしないまま健康保険を利用すると、保険者側では「通常の日常生活上のけが」なのか「第三者が損害賠償責任を負う可能性のあるけが」なのかを把握できません。
後から医療機関の診療内容や傷病手当金などの申請を通じて第三者行為であることが分かり、保険者から届出を求められることもあります。
特に注意したいのが、届出をしない間に加害者との間で示談や治療費の支払いが進んでしまうケースです。
同一の治療費について、健康保険から給付を受けながら加害者からも損害賠償を受けた場合には、健康保険法第57条との調整が必要になります。
第三者行為による傷病届を出していないから直ちにすべての医療費を返還する、という単純な仕組みではありません。
しかし、事実関係を届け出ないまま示談や賠償金の受領を進めると、後から保険給付との調整や返還が問題になる可能性があります。
「加害者と当事者同士で話がついているから健康保険には知らせなくてよい」という考え方は避けてください。
むしろ話が進んでいるときほど、示談成立前に保険者へ連絡することが重要です。
また、傷病手当金などを申請する際にも、傷病の原因が第三者の行為によるものか確認されることがあります。
治療費だけを見て判断するのではなく、同じけがに関連する健康保険給付全体を考えて手続きを進めましょう。
健康保険から加害者へ求償される仕組み
第三者行為による傷病届を理解するうえで欠かせないのが、 求償 という仕組みです。
第三者の行為によってけがをした場合、その損害について賠償責任を負う人がいるのであれば、本来はその人が治療費などを負担する関係になります。
しかし、誰がいくら負担するのか確定するまで治療を待つわけにはいきません。
そのため、健康保険を利用できるケースでは、まず健康保険から保険給付が行われます。
その後、健康保険法第57条に基づき、保険者は保険給付を行った価額の限度で、被害者が加害者に対して持っていた損害賠償請求権を取得します。
そして、その範囲について加害者側へ請求することがあります。
これが求償です。
健康保険を使ったから、加害者の治療費負担までなくなるわけではありません。
健康保険が給付した部分について、後から保険者と加害者との間で精算する仕組みがあります。
たとえば、被害者が医療機関の窓口で自己負担分だけを支払ったとしても、残りの保険給付分については健康保険側が負担しています。
第三者に損害賠償責任があるのであれば、その保険給付分について保険者から求償を受ける可能性があります。
加害者側からすると、「本人には治療費を払ったのに、健康保険からも請求が来た」という状況になることがあります。
ただし、二重に同じ費用を支払わせる仕組みではなく、誰がどの部分を負担するのかを調整するものです。
また、双方に責任があるけんかでは、どの範囲を求償するかについても具体的な事実関係が関係します。
そのため、 けんかの場合には健康保険は加害者へ求償しない、と一律に考えることはできません。
加害者本人が個人賠償責任保険などへ加入している場合でも、故意による暴行が保険の補償対象になるかは契約内容によって異なります。
保険契約については加入している損害保険会社へ確認してください。
示談する前に保険者へ連絡する

けんかによる第三者行為で、実務上もっとも注意していただきたいのが 示談のタイミング です。
相手から「治療費としてこの金額を払うので、これで終わりにしてほしい」と提案されることがあります。
早くトラブルを終わらせたいと考えるのは自然ですが、健康保険を使って治療しているのであれば、その場で示談を成立させる前に加入している保険者へ連絡してください。
健康保険法第57条第2項では、保険給付を受ける人が第三者から同じ事由について損害賠償を受けたときには、その価額の限度で保険者が保険給付を行う責任を免れる仕組みが定められています。
また、保険者は健康保険で負担した部分について加害者への損害賠償請求権を取得します。
そのため、被害者本人が先に「今後一切の請求をしない」といった内容で示談し、加害者への請求権を処分してしまうと、保険者による求償に影響する可能性があります。
示談を成立させる前に保険者へ連絡してください。
- 健康保険を使っていることを相手方にも伝える
- 示談内容を確定する前に保険者へ確認する
- 内容が記載されていない白紙委任状を渡さない
- 加害者から治療費や示談金を受け取った場合は保険者へ伝える
「治療費とは別に慰謝料だけを受け取ったつもりだった」という場合でも、示談書の文言によっては治療費を含めた一切の損害を解決する内容になっていることがあります。
そのため、金額だけではなく、 何の損害について、どの範囲まで解決する示談なのか を確認することが大切です。
損害賠償の範囲や示談書の法的な内容について判断が必要な場合は、弁護士など適切な専門家へ相談してください。
けんかの直後は、警察対応、治療、相手との連絡などが同時に進みます。
その中で健康保険の届出は後回しになりやすいのですが、私は実務上、少なくとも示談をする前には保険者との関係を整理しておくことが重要だと考えています。
健康保険と第三者行為のけんかの要点
健康保険と第三者行為のけんかについては、「けんかだから健康保険は使えない」と単純に覚えると誤った判断につながります。
一方的に暴行を受けた場合など、本人側に給付制限の問題がなく、業務上・通勤上のけがでもないのであれば、健康保険を利用できるのが基本です。
そのうえで、第三者行為による傷病届を提出し、保険者が加害者への求償を行えるようにします。
一方、本人自身がけんかに関与している場合には、健康保険法116条または117条との関係を確認しなければなりません。
- 一方的な暴行でも第三者行為による傷病届を確認する
- 双方のけんかでは健康保険法117条の給付制限に注意する
- 故意の犯罪行為などは健康保険法116条の対象になり得る
- 加害者不明でも第三者行為であることを保険者へ届け出る
- 仕事中や通勤途中なら先に労災保険を確認する
- 健康保険を使った後の示談は必ず事前に保険者へ相談する
会社の人事労務担当者が従業員から相談を受けた場合も、「けんかなら健康保険は使えない」と会社側で判断する必要はありません。
まず仕事中・通勤途中の出来事かを確認し、私生活上のけがであれば、本人に加入している保険者へ第三者行為として相談するよう案内するとよいでしょう。
傷病手当金の事業主証明が必要になった場合には、会社は出勤状況や給与支払い状況など、自社で証明できる事実を正確に記載することが基本です。
けんかの責任関係まで会社が独自に判断する必要はありません。
また、協会けんぽ、健康保険組合、国民健康保険では使用する様式や確認書類、実務上の取扱いが異なる場合があります。
個別の事案では、加入している保険者へ事実関係を正確に伝えて確認してください。
制度や保険者の運用は変更される可能性があります。
正確な情報は公式サイトをご確認ください。
また、給付制限に該当するか、示談内容が健康保険の求償にどのような影響を与えるかなど、個別事情によって結論が変わる問題については、 最終的な判断は専門家にご相談ください。
健康保険の第三者行為によるけんかでは、最初に「健康保険を使えるか」、次に「給付制限に該当しないか」、そして「第三者行為の届出と求償をどう整理するか」という順番で考えると分かりやすくなります。
特に示談だけは先に進めず、健康保険を利用していることを保険者へ伝えたうえで手続きを進めましょう。